その人は、「いいよね?」というと隣に座った。
いやに距離が近くて今度は薬指の指輪ばかり目に入る。
雑誌やなんかには軽いボディタッチが喜ばれるとか書いてあるが、
そもそもここは喜ばせるところなのか。
そもそもこんなことが許されていいのかこれでいいのか。
またどうしようもないコトで悩み始めたけ、今日の目的を思い出した。
金。金だ。
「いいよ、って何がですか?」
顔を向けると同時に言葉がどこかへ飛んでいった。
少し驚いたような顔をされたが、また悠々とした笑顔、
よく見たらなんだかニヤついた顔、にその人の顔は変わった。
たぶん、男の人に何か欲しいと言い出そうとしたのは初めて
今初めてそれを言ってしまった。
言ってしまったらもっと的確に欲しいものを分かってもらいたいと
別にこの人ではなくてもいいけど、
まずは 少なくとも目の前の男の人には言わなきゃいけない、
変な義務感に駆られた。
「私、お金が欲しいんです。」
そう大きくはない声だったし、目を見ていうことはできなかった。
やけにはっきりと私の頭には響いて、
どんどん響いて頭の中がスッとクリアになっていくのがわかる。
「だから、いいよ。」
あれ?と拍子抜けした。
その人の中では話はまとまっていたらしく、
ずいぶんとあっさりとした返答だった。
言うことを言ったら、大きな仕事でも一つ終えたように
さっきまで随分とスッキリしていた頭は回るのをやめてしまったようだ。
「じゃあ、ちょっと外歩こうか。」
急に色気みたいなささやかな距離のたわみはなくなってしまって、
両頬が左右に引っ張られた気がした。
少し強引に手を取られて体ごと引っ張られたかと思ったらキスをされた。
「外、歩くんじゃないの。」
言いかけて酒臭い唇に意識が持っていかれる。
もう恥ずかしいとか思う余裕はなかった。